豊後森機関庫
旧国鉄久大線を走る蒸気機関車(SL)の点検、格納庫として1934年に完成しました。
鉄筋コンクリート造りで、SLの向きを変える円形の転車台を中心に扇を広げた形をしており、当時最高の技術を用いて建築されました。
車庫は久大線が全線開通とともに業務を始め、広さは1734㎡。
最盛期の23年には蒸気機関車25両の修理が行われ、250人の職員がいました。
機関車は60~70キロごとに石炭や水の補給基地が必要で、久大線では豊後森が補給基地の機関区に選ばれたのです。
豊後森機関庫戦時中は軍事輸送の拠点となったため、米軍の攻撃目標にされ、壁面には機銃掃射の弾痕が残っています。
原形のまま残る機関庫としては九州唯一、全国的にも14年に造られた京都の梅小路機関庫とここのみで、その規模から鉄道遺産としてあらためて注目されています。
老朽化のため車庫の内部は立ち入り禁止となっております。
慈恩の滝
慈恩の滝はこの国道210号線沿いにあって日田市天瀬町と玖珠町の境に位置します。
名前の由来は、この地に伝わる大蛇と旅僧の伝説がもとになっています慈恩の滝昔、この滝に住んでいた大蛇が田畑を荒らしておりました。
通りかかった旅僧がこのありさまを聞き大蛇と対峙すると、田畑を荒す理由は体に巣食った寄生虫による病が原因だと聞き出しました。
あわれに思った旅僧は経によって大蛇の病を癒したそうです。
以来田畑は荒らされなくなり、これに感謝した農民たちがその旅僧に寺を建立し寄進しました。
その寺の名は「慈恩寺」と名付けられました。
その後、戦国の争乱で大分府内の領主・大友宗麟によって寺は焼討ちされ滅失。
今では滝の名前だけが残ったのです。
東奥山七福神
谷河内の一角、平成3年に大分を襲った台風19号によって周辺の樹木が倒され、それまで隠れていた7つの巨岩が出現。
以後、七福神として祀られています。